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    【無料全文公開】夢とうつつが交差する、見えない街への案内図。鷲崎健 5thアルバム『えくぼヶ原飄夢譚』全曲インタビュー③(永井慎之介)

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    2025/09/03 19:00

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    前回までのインタビューはこちら
    その①
    その②

     

    ■移動式正月団

     

    ——私は『移動式正月団』が一番好きです。

     

     そんな人が多いです。何がいいんだろう……(笑)俺も大好きだけど。こんなわけわかんない歌ないよ?

     

    ——思いつきはしないですね。

     

     2枚目の一番最初。『世界の終わりのポラロイド爺さん』と繋げて聞くと結構重たいけど。

     

    ——でも一気に空気感が変わるというか、換気をするような感じがしますね。

     

     そうだね。俺もいい曲だと思うし、最初にも話したけど佑磨がとにかく「一番好きです」って言ってくれた。それがなかったら入ったかどうかはわからない。

     

    ——よかった〜。入れてくれて。

     

     よかったね〜。その代わり「2階の宇宙飛行士の歌」は入ってないからね。代わりっていうか(笑)じゃあ「2階の宇宙飛行士の歌」はなぜ入れなかったかといったら、特に理由もないし。

     

    ——運ですね(笑)。

     

     運だね。血液型選手権みたいなやつと同じで(笑)運で入った。でも運で入れてよかった。坂田靖子って漫画家が昔から好きで。別にこんな話があるわけじゃないんだけど、坂田靖子の漫画みたいだなと思って書いてる。日本人じゃない、金髪の子供の感じするもんね。ヨーロッパのどこかみたいな感じが。

     

    ——うちにも『エレファントマン・ライフ』があるので、今読み返したらまた新しい味わいがあるかもしれないです。

     

     そうなの! 俺の影響で? 関係なく?

     

    ——あっ、影響です。

     

     すごく好き。『エレファントマン・ライフ』が一番最初だったの。小学校6年生。小6の俺はあれに何を感じたのかわかんないけど、なんか今まで読んだことない漫画の味わいで。起承転結、物語の派手な部分とかも男子漫画だと絶対ないような。北京人の女の人が動物観察団のところにやってくる話(『ペキニーズ』)も、ただ迷惑をかけていなくなったと思ったら戻ってきて、「一緒にお茶飲みましょうか」で終わる感じとか。『タマリンド水』とか……なんか全部好きだったんだよね。

     

    ——あと、『マーガレットと……』。

     

    『マーガレットとご主人の底抜け珍道中』ね! わー嬉しい。超可愛くない? 一時期「好みの女の人はマーガレット奥さま」って言ってた。

     

    ——可愛らしいですよね。すごくよくわかります。

     

     俺はあの人の漫画で育った、は言い過ぎだけど、大好きで。生まれて初めてこの人の漫画全部集めるぞって思って、本当に集めた漫画で。他にももっとメルヘンに寄ったやつとかもいっぱいあるんだけど。構築がすごく積まれてるというよりは、しれっとしてて、白の部分も多くて、なんかそこに心を寄せられちゃうというか。「隙間の多いメルヘン」っていう感じがして好きだったんだよね。『移動式正月団』は、その感じ。「我々の知らない常識がこの中にあって、その中の特別な日が来るんだ」。
    「お餅を焼いて配ってる」のあとの「お年玉を配りましょう」。「配る」と「配る」が重なるのだけが悔しいね……変えりゃよかった。みんな気にならないかもしれないけど、技術としては変えたかったね。

     

    ——『アコギFUN!』のときはもっと違うシーン(歌詞)もありましたよね。

     

     凧揚げたりねえ。この曲あまりにも長くて、「さすがに削ろう」って、削って削ってこれで。佐藤くんにお願いしたら、「鷲崎さん、この曲さすがに長いから、もうちょっと……」。「ごめん! 削るだけ削ってこれなんだよ」。「じゃあ仕方ないですね」(笑)。でも佐藤くんも「面白かった」って。ご自分の中でも初めての何かがあったみたいで。

     

    ——楽器隊も、この曲だけの方々で。

     

     もう本当に全部、向こうで呼んで、ご自分のところで全部やって、それが届くの。

     

    ——この曲が佐藤さんであるゆえんみたいなものはあるんでしょうか。

     

     何か一曲、佐藤くんにお願いするってどうだろうって、こっちで話があって。受けてくれるかどうかもわからなかったんだけど、だとしたら『移動式正月団』かな。

     

    ——まさにそうでしたね。

     

     うん、ばっちりハマったと思うし……あれ、何かもうちょっと理由があったっけな?「どう思う?」って佑磨とかには相談したけど。もうアレンジャーを他の人にお願いしなきゃいけない時期だったのかな、それより前だったっけな。とにかく一人じゃちょっと無理っぽいってなって、いろんな人に出すときだったか、じゃあ。manzoさんとか小幡さんとかにお願いするタイミングだったかも。でも曲に合うようなアレンジがあがってきて。

     

    ——やっぱfhánaのストリングスの使い方とか、細かいリズムの置き方とかもすごく魅力的ですもんね。

     

     そう、でも最初はね、全然違う感じで来て。楽曲が来たわけじゃなくて「誰々のこういう曲みたいなアプローチどうですか?」って。「ごめんなさい、ちょっと違うかも」。「もっと静かで、もっと夢の中みたいで、三拍子というのがとても大事な感じにしたいです」みたいなことを言った気がする。こっちもあんまり大きく伝えなかった割には、でも結局それしかほとんど言ってない。「fhánaの曲だと僕はこの曲とかこの曲とかのイメージですね」みたいなのは伝えたかもしれないけど、それ以上にはほとんど言ってなくて、あれが来て。


     でもこの曲は、「僕もいつか無意味な幸せを / 誰かに届けられるかな」だね。その言葉の正体はよくわかんないけど、胸に刻まれる言葉な気がする。

     

    ——それと合う解釈の仕方かはわからないですけど、この曲がすごく切なく胸にくるのって、子供のころの思い出だからであって、大人の我々にはもう絶対に再現できないものだからだと思うんですよね。

     

     ああ、うんうん。だって「美しい一日のかけらを拾って / スノードームに閉じ込め」てんだもん

     

    ——おしゃれをしようと思って「ハンチングとネクタイをして」いる感じとか、「弟をおんぶ」するところとかも。

     

     でも、これも「なんで最初弟がそれを持ってきたんだ?」みたいなね。でもそれはもう、頭に浮かんじゃったんだよね。絵で。

     

    ——そうなっちゃったら、もうそうするしかないですよね。

     

     うん、そうするしかないって感じだった。でも『移動式正月団』ってモチーフがどっから来たのか、なんでそんな曲書こうとしたのかは、本当に思い出せない。適当に変な言葉の羅列として思いついたのかしら。

     

    ——言葉の音の据わりはすごくいいですよね。

     

     覚えていてもよさそうだもんな、こんなフックのある言葉なんだから。でも、寝る前とかにただ思いついた一行みたいなやつをメモることがあって、それかもね。なんの取っ掛かりもなく急に出てきたのかも。

     

    ——そして、突然弟が。

     

     突然弟がやってきてね。初披露のときに「♪興奮した弟が大きな声で / 僕の部屋に飛び込んで来て / ねえ お正月がやってくるよと / 手にはチラシを握ったまま」って歌ったときに、俺の目の前にあるモニター(ニコニコ生放送)に「怖い」ってコメントが流れてきた(笑)。怖がらせてしまったか、怖い歌じゃないのに、素敵な歌なのに。

     

    ——(笑)怖いかあ。でも多分、本来の暦みたいなものがどっかのタイミングで失われてて、口承するしかなくなっちゃった世界ですよね。

     

     面白いよね。これはそういう新しいエポック。自分の中に「暦のなくなった世界の歌」っていうのがあるから、それさえ守ってればいくらでもいけると思って。だから結構漫画なんだよ、「雪だるまの格好の団長」とか。「円形ステージでは歌やお芝居 / たくさんのコタツが取り囲む」ってやっぱり……俺も書いてはいるけども、はっきりと絵が見えてるわけではないというか(笑)「どういう状態??」みたいなのがいっぱいあって。そのへんは歌の嘘というか、「メロディに乗っけちゃうからみんなが勝手に補完してね」みたいな感じがあって。

     

    ——そうですね。やっぱり撤収の粛々とした感じとかも、子供心の寂しさみたいなところがあって。

     

     見たことないのに、昔これを映画で見たことあるような気がしてるもん。そんなシーンがあったような気がする。

     

    ■BRING BACK (無理だよDJ)

     

    ——そして『BRING BACK』。

     

     もうこれは本当に、めっちゃいいね!

     

    ——めっちゃいいです!

     

     イントロからもうずっといいね。

     

    ——でもこれ、『虹虫』とかと同じ日に披露されてます。

     

     本当に(笑)じゃあバランスだったんだ。『虹虫』書いたからこれを書いていいって思ったんだ。

     

    ——そのときのギターの弾き方がすごく好きで。「ジャンジャンジャーン」って。

     

     あ、そんなのやったんだ! 何も覚えてない。

     

    ——最後にちょっとセリフがあったのは覚えてますか?

     

     あ、覚えてる。「す……いや、なんでもないです」、「じゃあ俺家こっちだから」っていうやつ。レコーディングでもやろうと思ったんだけどな。

     

    ——まあでも、あれがあるとまたガラッと変わりそうな気もします。

     

     それはそれで楽しかったんだけどね。このアルバムの中ではもはや珍しい、メルヘンじゃない世界観の。

     

    ——でも一番生々しいというか、一番こじらせていて、気持ちを乗せやすいです。

     

     そうだね。なんか「♪〜(「愛だの恋だの」のメロディをラララで口ずさむ)」、これどうしよう、って思ってて。タワレコに行ったとき、誰の何の歌か知んないけど、ポップに「愛だの恋だの」って書いてあったの。「あ、いいな。♪愛だの恋だの……あ、乗るな」っつって書き始めた。


     でもこれはひょっとしたら、「♪好きなら言えってそう簡単にいかないのさDJ」っていうのがちょっと前に、似たようなものが自分の中にあって、それとプラスさせたのかもね。「♪NG出して笑ってなんて無理だよジャッキーチェン」っていうところ、コーラスで亜咲花ちゃんが「天才だ」って。

     

    ——ふふふ(笑)これは天才です。

     

    「鷲崎さん天才じゃん……!」って言われて(笑)。これも結構、一筆書きに近い形で書いたから、あんまり立ち止まって考えすぎずに書ききっちゃった。一筆書きのよさっていうのがやっぱりあって。

     

    ——ラスサビ前のこの韻の遊びというか。すごく鷲崎さんっぽいなって。こんなにしっかりしたやつは久しぶりかもしれないですね。

     

     うん、久々だったと思う。俺こんなの得意だったわ、と思って。

     

    ——ベーシストとしてはどうしてもベースに耳を傾けるんですが……このアプローチは素人にはできないです。

     

     そうなんだ(笑)TABOKUNね。この曲、本当はフェードアウトで終わる予定だったの。でも最後、まあここぐらいまでかなと思って、稔さんが締めた音のところにTABOKUNがイイのを入れちゃって。「これもったいないな〜」、「これもうエンディングまで使いたいよ」って。結構長いけどフェードアウトせずに最後までやって、歌詞も入れて。

     

    ——そっか、フェードアウト想定だったからこの長さだったんですね。

     

     そうそう。俺はパーカッション(丹菊正和)のレコーディングには間に合わなかったんだけど、プロのパーカッションを呼んでのレコーディングってね、しかもあんな音上げて。

     

    ——めちゃくちゃ大事ですもんね、この曲において。

     

     あんまり黒っぽいソウルじゃなくて、白人ブルースソウルみたいな感じだけど、それがやりたかったんだね。でもタイトルがずっと決まらなかったなあ。

     

    ——ここに落ち着いたのはどうして?

     

     もうこれしかないかなと思って。『BRING BACK』ってつけて、後ろに『(無理だよDJ)』って置いたら格好つくなって、あとになって。本当に昔から、恋愛相談に対して「行っちゃえよ! 行っちゃえよ! 頑張れよ、応援してるよ!」っていうDJ、「苦手〜」と思ってたの。

     

    ——存じてます(笑)。

     

    (笑)それが真ん中にあったもんだから、広義にはラジオソングだね。

     

    ——なるほど。それが今『スイトカ』のテーマですもんね。

     

     うん。やっぱりあれワクワクするもんね。いいイントロつけてくれたなと思って。ラッパ隊もすごくいいし。

     

    ——このイントロゆえの、というのはすごくあると思います。聞くとソワソワするというか……これバンド演奏聞けたらすごく楽しそうだろうな〜と思いましたね……。

     

     本当だねえ。ごめんごめん!

     

    ——(笑)謝られちゃった(笑)諦めるしかない。

     

     予定はない!(笑)でも「↑↓ハードデイズ」とか「Doki!目が♡です」とか珍しいもんね。

     

    ——そうですね、でも意外ではないというか。遊びのレンジでやられそうな感じは。

     

     本当に? なんか普段の俺だったらこの「お前に会ってしまってゾンビだ」まで言ったら、サビをもっとそういうふうに……ゾンビというフックがせっかくあるんだから、それを使った何かをやりそうなのに、それすらしてなくて。

     

    ——うん。試聴バージョンだけ聞いてる段階では、もっとゾンビに寄ると思ってました。

     

     そうなんだよね、結局寄れなかったから、最後に「あの死体の日々に戻れればな」、の「BRING BACK DEAD MAN'S 日々」。くっつけちゃった感じだね。せっかく遊び玉ポーンと放ったのに、意外と遊びに寄れなかった。でもせっかく思いついたサビを、遊び玉で揺らすよりはこのまま行ったほうがいい、っていう一筆だったんだと思う。

     

     

    ■ロックンロール・マーメイド

     

    ——そして、bambooさんが大好きな『ロックンロール・マーメイド』。プロジェクト開始当初の弾き語り動画が印象的でしたが、こんな海っぽいアレンジに仕上がるとは……。

     

     あっ、海っぽいアレンジ?

     

    ——海……っぽくないですか?

     

     へえ〜面白い。海っぽいかあ。

     

    ——とはいえロックンロールでもあるから、そこのブレンドがすごく絶妙だなって思っていました。

     

     この曲はこんなヘンテコな曲なのに、タイトルがダサいという(笑)。

     

    ——はははは(笑)言うほど……言うほどではないですよ?

     

     でも『ロックンロール・マーメイド』だよ?(笑)

     

    ——はい(笑)ゆえんがあれば……。

     

     タイトルだけ見て、人はこれを聞こうとは思わないだろうなと思ってた。でも最後まで聞いたら『ロックンロール・マーメイド』以外無いもんな。

     

    ——そうなんですよ。

     

    「そんなにロックンロールなマーメイドの歌だと思わないじゃん!」って言わせる感じ。だって聖子ちゃんの歌とかであってもおかしくないじゃん。でもね、「ツェッペリンでいいのかな?」と思って。なんせ俺はここに出てくるバンドほとんど聞いてないから。

     

    ——そうらしいですね。全部ですか?

     

     ツェッペリンはちょこっとは聞いた。ヤードバーズは時期によるね。ジェフ・ベック時代とかを少し聞いた。クイーン、パープル、グレイトフル・デッドは聞いてないね〜(笑)クリムゾンも聞いてないもん。

     

    ——まあでも(『ポセイドンのめざめ』のくだりは)ジャケットを知っていれば書けちゃう。

     

    『ポセイドンのめざめ』ってめちゃくちゃメジャーかというと(笑)まあまあロックファンは知っているが、っていう感じだよね。

     

    ——これって、演奏にもそういうオマージュみたいなのが入っているんでしたっけ。

     

     めちゃめちゃパロディにはしてないけども……やっぱりmanzoさんがすごいのは、いにしえのロックを想像させる何かを、もっとテクニカルに入れてもいいのに「ギャッギャッギャーン」だけでやっちゃったっていう。すごく短いセンテンス、すごく簡単なフレーズでそれを表現していて、足りちゃってるというか。

     

    ——これで十分ですもんね。

     

     っていうのが、粋だった。で、こんなにアメリカンロックのバンド名が出てくるけど、ちょっとブリティッシュな感じの全体感ね(笑)。

     

    ——(笑)それもでも、そういうマーブルとして面白がれるところではあると思います。

     

     とにかく、「アコギだけで成立しちゃってる」って言われた曲なんで。実際、「アコギ弾き語りで歌う」ということに意味のあった曲でもある。アコギバージョンは聞き直してないけど、パーカッションとアコギで、稔さんが知りもしないこの曲を、初めて演奏しているときの緊張感の『ロックンロール・マーメイド』もきっとよかったんだろうなと思う。

     

    ——でも、バンドアレンジになるとしたらこういうことだったんだろうなという。ギターがとにかく、どこを切り取っても全部気持ちいいですし。

     

     真壁さん(真壁陽平)、本当にすごい。めちゃめちゃ腕っこきの。斉藤和義さんのツアーなんかもやられてて。

     

    ——ええ〜。そりゃあ、そうか……(笑)。

     

     そりゃそうだよって感じだったよ(笑)。ニッコニコ笑いながら「はいはーい、じゃあ重ねまーす」。「もっとこうのほうがいい?」とかって言ってくれて。

     

    ——シンプルな決めだったり、裏ですごいことをしてるギターだったり。あと、歌詞全体がちょっとシニカルな雰囲気を持ってるから、ロックンロール成分はそこに預けてよくて、全体的な歌の雰囲気は海っぽくてよかったんだろうなと思いました。

     

     ああ、揺らめいていて。そうなのかも。この曲がロックンロールなのではないんだもんね。ロックンロールを歌う人魚がいる、という歌であって。どのセクションも変だもんね、やっぱり。「ある小さな町でロックマニアの老人が死んだ」。

     

    ——まあ、ない話じゃないけれど。

     

     うん。歌の1行目としてはね(笑)。

     

    ——この「俺」も、最後は向こう側に行ってしまうじゃないですか。

     

     うんうん。登場人物たちがみーんな離れていく感じ。改めてやっぱりこれも面白い。だって「彼女はなぜかレッドツェッペリンのTシャツを着てた」までだもん、思いついてたの。ここまで書いて、「ふう」って俺は言ったんだと思う。そのあと「よし、このあとどうしよう」ってなったと思うんだよね。罪もない人魚たちをいっぱい殺してさ……(笑)。

     

    ——(笑)王様まで駆り出して。

     

     だって『ポセイドンのめざめ』なんて思いついてなかったもん、この時点では絶対に。

     

    ——偶然の一致というか。そういうことってありますよね。

     

     そう。書いてるときの偶然の一致でここに辿りつく、はやっぱりあるね。『天国への階段』が最後に出てくると思ってなかったと思うし、思いついたら他のに変えれたし、ツェッペリンじゃなくてもよかったんだけど、でもツェッペリン以外に……ドッケンじゃないだろう、とか(笑)AC/DCじゃないよなあ、とか。「船乗りたちの噂では夜中に海の向こうから / 美しい声で『Hells Bells』が聞こえるという」じゃないから。地獄だし(笑)。でも多くの人に聞いてもらって、なんだこりゃって思ってほしい。「泣き叫ぶツェッペリン 真っ赤に染まる船内」の後ろで鳴ってるギターの音が最高だよね。

     

    ——ああ〜。いいですね。ここにあるべき音。

     

     ね〜。すげえって思う。

     

    ——それもやっぱり、曲への理解があってこそですよね。

     

     うん。で、理解も早い。「ああ、やっぱりこれがプロか」っていうぐらい早い。

     

    ——転がり落ちていくというか、これはもうどうしようもないですね、という感じ。

     

     ね。ひとつの物語を、10分弱にギュッと詰め込んで。歌でしかできないことだなとは。

     

    ——そうですね。朗読音源がどうなるのか、楽しみです。

     

    ■スプリンター

     

    ——では、『スプリンター』へ。

     

     ちょっとやりすぎたかねえ、レコーディング。矢野顕子すぎたかねえ(笑)。でもここまで来ると多分ノってたんだね、なんでも書けたんだ。「人差し指と中指」っていう言葉が、美しいメロディに乗れば成立だったんだよね、きっと。「人差し指と中指」って言葉を、誰かが美しいメロディに乗せたことがあるか? ないよな、じゃあ俺が乗せよう、だったんだと思うんだよ。

     

    ——それ見つけたら楽しいですね。

     

     そう。それが見つかったらもう大丈夫な歌だった。電車の中で思いついたんだよ、確かね。「あ、これいける、忘れないようにしないと」って思ってたのを覚えてる。

     

    ——この2本指でやることとして、これ(歩かせる動き)が浮かんだって感じですか?

     

     先に動きがモチーフとしてあって、「ということは、人差し指と中指っていう言葉が美しいメロディに乗れば、このモチーフは多分歌にできるわ」って思ったんだ。

     

    ——以前には『娘よ』という父目線の歌があって、今回はお母さん目線に。

     

     俺はもう母性まで出しちゃうんだから。この歌、「私」が出てこなくてもよかったんだけどね。でも何か変でいいよね、この最後。「♪時にはジャンプする そして私の肩に乗る」ってなんか可愛くていいなと思って。「私」が出てくる理由はあんまりないんだけど、でもそっか、ずーっとその子の近くにいて、急に自分の肩にこれが乗ってきたりするの可愛いな、と思ってこの一文にしたはず。

     

    ——肩に乗るだけが理由でいいですもんね。

     

     うん。それ以外に、何もなくて。

     

    ——やっぱり鷲崎さんといえばギターの人なので……2ndとかでもピアノの曲があったと思うんですけど(正しくは1stアルバム『Silly Walker』収録の『世界は二人のために』)、ピアノ一本で素朴にガツンと来られると、ギュッと締めてくる感じがあるというか。

     

     編曲の亀谷さん(亀谷春菜)、プレイはもう本当に問題ないので、ピアノをどれくらいの音質にするか……グランドでいいのか、もっとアップライトなのか、みたいなのはちょっと話したね。

     

    ——この音色に落ち着いたのは決め手があって?

     

     いやー……いくつか聞いてみて。でもちゃんと世界は大きくてもいいのか、とか。難しいんだよね、語られてることは本当に小さい世界なんだけど、向こう側にあるのは本当に広い世界の……なんていうのかね。

     

    ——スプリンター側が見てる世界はきっとめちゃくちゃ大きいですしね。

     

     そうそうそう。どっちにするべきだろうなって悩んで、あそこに落ち着いた気がするなあ。珍しく最後の2セクションくらい、めっちゃ時間かけたんだよ。どうしてもうまく歌えない。

     

    ——それこそさっきあった「歌で締める」ですもんね。

     

     そう。何回か試して、「♪グーになってパーになって」あたりから最後「♪ギュッと握っててあげるから」まで通しで何回も何回も録ってて。やっぱラフィンがいいのは、今のテイクよかったんじゃないかって思った瞬間に、パッと顔上げてこっち見るの。それがブースの内側からも見えるんだけど、終わったあと「今のよかったんじゃない?」、「ですよね、今のよかったですよね」って話ができる。ちゃんと聞いてくれる人と一緒に録ってるって感じ。「今のよかったんじゃない?」、「あーじゃあプレイバックしまーす」じゃないの。歌った瞬間に「今のよかったですね」って一緒にやってくれるのがさ。

     

    ——そこで通じ合えるのはめちゃくちゃ大事ですね。

     

     やっぱり自分の歌にあんまり自信がないので。俺が何を言ってもみんなは「そんなことないですよ」って言うだろうし……。

     

    ——はい(笑)。

     

     なんとも言えないんだけど、自分にはやっぱわかんなくて。でも、いい歌になったね。いろんなママさんに聞いてほしい。

     

    ■ ママはバンクシー

     

    ——ママソングは続きますが。

     

     そうなんですよ。続くことがすごいよね(笑)ここしか(曲順的に)なかったんだよ。これこそ、よく入れたよね。これこそひとボケでおしまいの歌じゃない? もうボケ終わってんだもん、ボケをカラフルにゴージャスにしてるだけで。でも「これが一番だ」っていう人もいるんだしね。すごいよね。まあこっちも箸休めのつもりではあったが……箸休めが美味い場合もあるし(笑)。

     

    ——『スプリンター』ともまた違う可愛らしさですし。聞きようによっては『みんなのうた』感があるなと。

     

     そうね。まあバンクシーが使えるならだけど(笑)。ただこの曲はやっぱり、最終的にきっちりオチているという。「僕が落書きしたら / お尻を叩かれる」。うまい具合に落としたもんだぜ。

     

    ——そうですねえ。

     

     オムライスに描くのが猫でいいのかだけ悩んだけどね。バンクシーって犬だから。

     

    ——「仕上げにケチャップで犬の顔」ではないですもんね。

     

     そうなんだよね、猫のほうが収まりがいいんだよね。ここでも出てくる犬猫問題(笑)。

     

    ——付きまといますねえ(笑)。

     

    「普段は犬を描くけども、家では猫だから価値があるんじゃないですか」みたいなふうに無理やり(笑)。

     

    ——(笑)考察班の皆さんにお任せして。

     

     エージェントがみんなの中でどういう絵面になってるのか。

     

    ——「黒ずくめ」ではありますけどね。

     

    『メン・イン・ブラック』感があって。急にグラサンの奴が現れて……。

     

    ——オムライス持って走り去っていく……エージェントも可愛らしいという(笑)。

     

    (笑)この漫画感ね。誰か漫画にしねえかな。

     

    ——『「I Love You」のある世界』から小説が生まれるぐらいですから。

     

     そうだよねえ。あと俺がちっちゃいときは……今でもあんのかね、「大谷くん」みたいなやつ。この間亡くなったけどハルク・ホーガンとかさ、猪木とかさ、漫画に描かれる実際のテレビの有名人っていうのが。

     

    ——ああ〜、『キヨハラくん』的な漫画が。

     

     そうそうそう、いっぱいいたんだけど。「ママはバンクシー」って漫画なんねえかな、コロコロで(笑)。

     

    ——コロコロでありそうですね(笑)。

     

     ねえ(笑)やってくれたら面白いと思う。

     

    ——ラスサビにもマイナーチェンジが見られます。「都知事」とか。

     

     そう、元々都知事はいない。

     

    ——「反権力のメッセージ」の歌い方にも遊び心が加えられていたりして。

     

     そもそもキーが違うんじゃないかな?

     

    ——そうですね、『アコギFUN!』ではもっと高かったです。

     

     そうだよね。一音くらい下がってるんじゃなかったっけな。最後はなんで変えたんだっけ……でも現場で変えた気がするな、レコーディングの。「ここやっぱ変えたい」っつって。

     

    ——その場でパッと。

     

     うん、そういうのたまにやるの。ラストの繰り返しだから、ちょっと変えてみようかなって。こっちが言ったのか向こうが言ったのか忘れたんだけども。『走れチェアー』とかも。

     

    ——うんうん、そうですね、『走れチェアー』、やられてましたね。

     

     急にレコーディングで「ちょっと変えて歌っていい?」って、どっかをすごく変えてびっくりされたんだよ。

     

    ——この曲で最も重要なのは、「ママはまるでバンクシーみたい」ではなく、「ママはバンクシーなのだ」ということですよね。

     

     はい。ママはバンクシーなんです。これが伝わるかどうかは……さすがにここまで聞いたら「そうか、こいつ比喩じゃないんだ」(笑)。

     

    ——曲順的にももう察しがつくころです(笑)。

     

    「比喩ゼロで歌ってんだこいつ」っていうのがね(笑)伝わってるかどうか。でも「僕のママはバンクシー」という大ボケがあるから、2番の「僕はがまんできずにスプーンで カチャカチャ音をならすのさ」、こういうちっちゃい表現が、活きている(笑)。だってもう2番、オムライスが出て来たらそれをエージェントが持っていく……のはもうわかってるからね。

     

    ——その間に何を語るか。

     

     そう。その前のAメロで何をするか、だからね。「可愛くする」にしました。ちなみに僕はウーバーしたことないですね。

     

    ——そうかな、と思っておりました(笑)。

     

    (笑)便利だろうけどね。

     

    (つづく)

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